大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成3年(行ケ)222号 判決 1992年11月05日

神奈川県川崎市川崎区田辺新田1番1号

原告

富士電機株式会社

同代表者代表取締役

中尾武

同訴訟代理人弁理士

山口巖

篠部正治

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

平沢伸幸

木梨貞男

左村義弘

廣田米男

主文

特許庁が平成2年審判第18564号事件につき平成3年7月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年9月24日、名称を「複合集積回路」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和56年特許願第150942号)をし、平成1年6月27日、出願公告(平成1年特許出願公告第316869号)がされたが、特許異議の申立てがあり、平成2年9月18日、拒絶査定を受けたので、同年10月18日、審判の請求をし、平成2年審判第18564号事件として審理され、平成3年7月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がされ、その謄本は平成3年8月21日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

半導体素子チップのアルミニュウム電極が、基板上に設けられた配線導体の上に固着される補助体の上面とアルミニュウム線によって接続される複合集積回路であって、前記補助体はアルミニュウムあるいはアルミニュウム合金からなり、配線導体上に固定される側が該アルミニュウムあるいはアルミニュウム合金の厚さより薄い銅めっきがされていることを特徴とする複合集積回路

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  昭和53年特許出願公開第96668号公報(以下「引用例1」という。)には、複合集積回路において、半導体ペレットの各電極と配線導体層との間をA1等のワイアで接続する際に配線導体上に取り付ける「表面がボンディング性のよいアルミニュウム金属、裏面が配線導体層と接続し易いFe-Ni金属からなる補助板」(2頁左下欄6行ないし10行)、「半導体ペレット上にアルミニュウム電極を配設する」(2頁左上欄16行ないし18行)こと、及び該補助体を「Cu板に、メッキまたは蒸着によりA1層をもうけたものにしてもよい」(2頁左下欄8行ないし13行)ことが記載され、

また、「金属1969年2月1日号」(昭和44年2月発行)79頁ないし82頁(以下「引用例2」という。)には、アルミニュウムまたはアルミニュウム合金上の銅めっき層を形成したものは、カッパーライジング材と称し、該「カッパーライジング材は、表面が銅であるのでハンダ付けが容易であり、電気関係の用途が広いと考えられる」(82頁左欄15行ないし18行)ことが記載されている。

(3)  そこで、本願発明と引用例1記載の発明とを対比すると、引用例1記載の発明において、補助体を銅とアルミニュウムの積層構造として形成し、銅面を配線導体上に固定される側とするものが記載されていることが明らかであるから、両者は、「半導体素子チップのアルミニュウム電極が、基板上に設けられた配線導体の上に固着される補助体の上面とアルミニュウム線によって接続される複合集積回路であって、補助体はアルミニュウム又はアルミニュウム合金と銅からなり、配線導体上に固定される側が銅であるもの」に関する点で共通している一方、本願発明は、補助体がアルミニュウムあるいはアルミニュウム合金に、該アルミニュウムあるいはアルミニュウム合金の厚さより薄い銅めっきがされていることを構成要件としているのに対し、引用例1にはこの構成要件が記載されていない点で両者は一応相違する。

しかしながら、引用例1に記載された「補助体を銅とアルミニュウムの積層構造として形成し、銅面を配線導体上の固定される側とする」構成を変えることなく、単に銅とアルミニュウムの厚さの比率のみ逆転させて、銅板にアルミニュウムめっきを設けたものに代えて、引用例2により公知であり、しかも銅面がハンダ付けが容易で、電気関係の用途が広いとされている「アルミニュウムあるいはアルミニュウム合金に、該アルミニュウムあるいはアルミニュウム合金の厚さより薄い銅めっきをしたもの」に置換する程度のことは、当業者が格別の創意を要することなく想到することにすぎない。

(4)  したがって、本願発明は、引用例1及び引用例2に記載された技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることがてきない。

4  審決の取消事由

審決の本願発明の要旨、引用例1及び引用例2の記載内容、本願発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定は認めるが、審決は、相違点に対する判断を誤り、もって本願発明の進歩性を誤って否定したものであり、違法であるから、取消しを免れない。

(1)  審決は、相違点に対する判断において、「引用例1に記載の(略)、単に銅とアルミニュウムの厚さの比率のみ逆転させて、銅板にアルミニュウムめっきを設けたものに代え、引用例2により公知であり、しかも銅面がハンダ付けが容易で、電気関係の用途が広いとされている『アルミニュウムあるいはアルミニュウム合金に、該アルミニュウムあるいはアルミニュウム合金の厚さより薄い銅めっきをしたもの』に置換する程度のことは、当業者が格別の創意を要することなく想到することにすぎない。」と判断している。

この判断は、引用例2にはアルミニュウムの一方の表面のみをアルミニュウムの厚さより薄い銅めっきとすることが技術内容として記載されていることを前提とするものである。

しかし、引用例2には、アルミニュウムの表面にアルミニュウムの厚さより薄い銅めっきをすることについては記載されているが、アルミニュウムの一方の表面のみをアルミニュウムの厚さより薄い銅めっきとすることについては記載されていない。

一般的にある金属の一面だけをめっきする場合は、単に「めっき」と表現されるのではなく、「部分めっき」という表現が用いられるのであるが、引用例2には、そのような言葉はない。また、部分めっきをするには、めっきをしない面をコーティングする等の特別な工程を必要とするが、引用例2にはその記載もない。

本願発明においては、補助体は、アルミニュウム線をボンディングするため、一面はアルミニュウムとし、配線導体上に固定される側をそれより薄い銅メッキとする構成に係るものである。

したがって、引用例2にアルミニュウムの一面にアルミニュウムの厚さより薄い銅めっきがされる技術内容が記載されていることを前提に、引用例1記載の発明において、単に銅とアルミニュウムの厚さの比率のみを逆転させて、銅板にアルミニュウムのめっきを設けたものに代え、アルミニュウムあるいはアルミニュウム合金に、該アルミニュウムあるいはアルミニュウム合金の厚さより薄い銅めっきをしたものに置換することは当業者が容易に想到することができる旨判断したことは誤りである。

(2)  本願発明は、銅めっき面を配線導体上へはんだによって接続するときに生ずる補助体側面へのはんだの這い上がり及びはんだあるいははんだ溶融時のフラックスの飛散によるボンディング面の汚れの防止という技術的課題を解決するため、アルミニュウム(あるいはその合金)にそれよりも薄い銅めっきを施した補助体を複合集積回路のアルミニュウム線と配線導体との間に介在させる構成を採用し、これにより、銅めっき面を配線導体上へはんだによって接続するときに、補助体側面へのはんだの這い上がりが、側面の厚いはんだ濡れ性の悪いアルミニュウムによつて阻害され、はんだの這い上がりが生じなくなり、銅めっき面に対向するアルミニュウム面とはんだとの距離間隔を大きくとることができ、はんだあるいははんだ溶融時に飛散するフラックスがアルミニュウムからなるボンディング面に付着して汚れることがなく、アルミニュウム線のボンディング不良が生じなくなるという顕著な作用効果を奏するものである。

これに対し、引用例1及び2には、アルミニュウムの厚さを銅の厚さより厚くしてはんだの這い上がりを防止し、ボンディング面換言すればアルミニュウムの露出面がはんだあるいはフラックスによって汚れることを防止するという技術的課題の記載はなく、これらの技術はこの点の解決を問題意識としていないから、引用例1記載の発明において、その補助体の構成を引用例2に記載された構成に置換することは当業者が容易に想到できることではない。

そして、引用例1記載の発明においては、補助体は、主体である銅の厚みが厚く、アルミニュウムの厚みが薄くなっているが、厚みのある銅のはんだ濡れ性が高いためにはんだが補助体の側面を這い上がり、また、はんだとアルミニュウムのボンディング面との距離間隔が小さいため、ボンディング面へのはんだあるいはフラックスの付着が生じ、この付着による汚れによってアルミニュウム線のボンディング面への接続不良が発生するものである。

また、引用例2には、アルミニュウム線をボンディングすることについて全く記載がないので、本願発明のような作用効果を奏することは開示されていない。

被告は、はんだの這い上がりは、はんだの量、アルミニュウム板の絶対的な厚さに依存するのであり、銅とアルミニュウムの厚さの相対的関係によって左右されるものではないから、はんだの這い上がりがないとする効果は、必ずしも本願発明の構成から生ずる特有の効果とはいえない旨主張する。

しかし、複合集積回路の補助体は、配線導体上にはんだ付けされた後に半導体素子チップからのボンディング線がボンディングされるため、補助体のボンディング面が半導体素子チップより極端に低かったり、高かったりすると、ボンディング線が他のところに接触して短絡してしまったりする例がある。また、補助体の直径より厚みの方が大きいとはんだ付け後に補助体が傾いてしまう場合があり、的確なボンディングが行えず、ボンディング不良が生じてしまったりする。そのため、補助体は一般に直径1.5mmないし2.0mm、厚さ0.5mmないし1.0mmの大きさのものが使用される。このように、補助体の厚さは約1mm前後という非常に薄いものに限定されてしまうのであり、このような補助体では、できる限りはんだの這い上がりをなくするためには、銅めっきよりアルミニュウムの厚さが厚いことが非常に有効になってくるのである。また、はんだの量を少なくするとはんだの接続不良が生じたりするため、好ましくない。

したがって、はんだの這い上がりを防ぐという本願発明の効果は、本願発明の構成から生ずる特有なものである。

以上のとおり、本願発明は、引用例1及び引用例2に記載された技術とはその技術的課題を異にし、かつこれらの技術からは予測できない顕著な作用効果を奏するものであるにもかかわらず、審決はこの点を看過し、もって、本願発明は引用例1及び引用例2に記載された技術から当業者が容易に想到することがてきるものと判断して、誤って、本願発明の進歩性を否定したものである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

(1)  原告は、審決は、引用例2記載の技術内容を、アルミニュウムの一方の表面のみをアルミニュウムの厚さより薄い銅めっきとするものであると誤って認定し、もって相違点に対する判断を誤った旨主張する。

しかし、審決が引用例2を引用したのは、「アルミニュウムあるいはアルミニュウム合金に、該アルミニュウムあるいはアルミニュウム合板の厚さより薄い銅めっきをしたもの」が公知であることを示すためであって、引用の趣旨からいって、そのカッパーライジング材が金属の両面をメッキしたものか片面のみをめっきしたものかは何ら関係がないものであり、原告の主張はその点においてそもそも理由がない。

また、引用例2に、「アルミニュウムの表面にハロゲン化銅を主成分として反応薬を塗布し、加熱することにより、アルミニュウム表面の酸化アルミニュウム皮膜は還元除去され、さらに反応薬はアルミニュウムと反応して銅を析出する」(79頁10行ないし16行)と記載されているように、銅の析出は、反応薬が塗布された部分に限定されることは、当業者にとって明らかであり、めっきしない面に何ら特別な処理をすることなく、反応薬を片面に塗布するだけで、片面めっきをすることができるのである。

このように、カッパーライジング法は、めっきを片面、両面のいずれにするかを任意に選択できるものである。

したがって、引用例2に「部分めっき」との表現がないことを理由に、そこに開示されるカッパーライジング材が両面にめっきされているものに限られると断定することはできず、片面めっき、両面めっきのいずれを採用するかは、当業者が適宜選択し得るものと解すべきである。

したがって、引用例にはアルミニュウムの一方の面のみを銅めっきすることが開示されていないとして、審決の判断の誤りをいう原告の主張はこの点においても理由がないものである。

(2)  原告は、本願発明は引用例1及び引用例2からは予測できない顕著な作用効果を奏する旨主張する。

原告は、本願発明は、銅めっき面を配線導体上へはんだによって接続するときに、補助体側面へのはんだの這い上がりが、側面が厚くはんだの濡れ性の悪いアルミニュウムによって阻害され、はんだの這い上がりが生じなくなるとのいう作用効果を奏する旨主張するが、はんだの這い上がりは、はんだの量、アルミニュウム板の絶対的な厚さに依存するものであり、銅とアルミニュウムの厚さの相対的関係によって左右されるものではないから、はんだの這い上がりがないとする効果は、必ずしも、本願発明の構成から生ずる特有のものとはいえない。

また、引用例1においては、補助板は表面と裏面の金属の性質を限定しているだけであって、表面のボンディング性のよい金属は、必ずしも薄いものに限定されているわけではない。引用例1の第2図ないし第5図(別紙図面2第2図ないし第5図参照)に示されているように、表面の厚みは非常に厚いものであって、このような厚みがあれば、はんだの這い上がりは生じないから、原告主張の効果は、引用例1記載の発明も奏するものである。

そして、アルミニュウムの表面が不活性で、はんだ濡れ性が悪いことは当業者にとって常識であって、本願発明において、補助体の主体がアルミニュウムであることから、はんだの這い上がりがないという効果は、当業者であれば当然予想するものにすぎない。

また、本願発明のはんだあるいははんだ溶融時に飛散するフラックスがアルミニュウムからなるボンディング面に付着して汚れることがないという原告主張の効果は、本願発明と同様にアルミニュウムからなる引用例1の補助体も同じ効果を有するものであり、本願発明に固有の効果ということができない。

よって、原告の主張は理由がない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

また、引用例1に審決認定の技術内容が記載されていること、引用例2に審決認定の記載があること、本願発明と引用例1記載の発明とに審決認定の一致点及び相違点があることは、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許出願公告公報)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のようなものであると認めることができる

(1)  技術的課題(目的)

本願発明は、基板上に固着された半導体素子への配線が基板上に設けられた配線導体と半導体素子チップの電極との直接の接続並びに接続導線による接続によって行われる複合集積回路に関する(公報1欄11行ないし15行)。

複合集積回路の配線導体は、例えばセラミック基板に導体を印刷焼成するか、あるいは金属基板に絶縁して接着された金属箔をエッチングすることなどにより形成される。第1図(別紙図面1第1図参照)は後者の例を示し、アルミニュウムのような良熱伝導性金属基板1の上に絶縁性接着材層2を介して銅箔3を貼着し、銅箔3の上にアルミニュウム線のワイアボンディングが可能な、例えば金あるいはニッケルのめっき層4を設けた後、エッチング法により所望の配線パターンを形成する。あるいは銅箔3を所望のパターンにエッチングした後、接続に必要な場所のみに部分めっきを施してもよい。めっき層4の上にはんだ層5を介して半導体素子チップ6を固定し、その上面のアルミニュウム電極と別の配線導体のめっき層41とをアルミニュウムの接続導線7の超音波振動法によるワイアボンディングによって接続する。半導体素子チップ6がパワートランジスタチップのような放熱量の大きなものの場合には、めっき層4の上に金属の放熱体8をはさんでチップ6をそれぞれはんだ層5を用いて固着する。そして同様にアルミニュウム線7のワイアボンディングにより露出した配線導体のめっき層41とチップ6のアルミニュウム電極とを接続する。

しかし、このような複合集積回路においては、アルミニュウム線7を半導体素子チップ6のアルミニュウム電極と銅箔3の上のAuあるいはNiめっき層41とにワイアボンディングしなければならず、双方の材質、表面状態が異なるため、最適ボンディングを行うためにはそれぞれのボンディング条件を調整する面倒がある。同じ材質にするため銅箔3に上にA1めっきを施すことは技術的に難しい。また放熱体8を用いるときは、チップ6の上の電極面と配線導体上のメッキ層41の面との間に段差を生じるため、アルミニュウム線7が放熱体8の側面に接触して短絡する虞があり、信頼性が十分でない。

本願発明は、このような欠点を除去し、導線による接続が容易で、信頼性の高い複合集積回路を提供することを目的とする(1欄16行ないし3欄2行)。

(2)  構成

本願発明は、前記の技術的課題(目的)を達成するために、その要旨(特許請求の範囲)とする構成を採用し表面のみをアルミニュウムの厚さより薄い銅めっきとすることは開示されていないにもかかわらず、それが開示されているとして引用例2の技術内容の認定を誤り、もって相違点に対する判断を誤った旨主張する。

しかし、審決は、引用例1には、補助体を銅とアルミニュウムの積層構造として形成し、銅面を配線導体上に固定される側とする点で本願発明と同一の構成のものが開示されており、ただ、本願発明がアルミニュウムあるいはアルミニュウム合金よりも薄い銅めっきがされていることが構成要件とされているのに対し、引用例1にはそれが記載されていない点でのみ相違することを認定した上、引用例2にアルミニュウムあるいはアルミニュウム合金上に銅めっき層を形成したカッパーライジング材が開示されているので、当業者は、それにより、引用例1の補助体について、銅とアルミニュウムの積層構造として形成され、銅面を配線導体上に固定される側とする構成(したがって、銅面はあくまで補助体の一方の面のみである。)を前提にした上で、銅とアルミニュウムの厚さの比率についてのみ、本願発明と同様、アルミニュウムにそれより薄い銅めっきをした構成にすることは、当業者が格別の創意を要することなた(公報1欄2行ないし9行、別紙図面1第2図、第3図参照)。

(3)  作用効果

本願発明によれば、配線導体の上に高価なAuめっきのようなめっき層を設ける必要がなく、接続場所にのみ補助体を設けるので最小限の材料ですむ。また補助体はアルミニュウムが主体であるので、軽いとともにアルミニュウム板の側面にはんだが付着しないのでボンディング面へのはんだの這い上がりやフラックスの付着が生じず、ボンディングが的確に行える

また、本願発明は複合集積回路の基板上に固定された半導体素子チップのアルミニュウム電極とアルミニュウムあるいはアルミニュウム合金の補助体を用いて、同種材料間をアルミニュウム線により接続するものであり、銅線の固着が同一条件でできるため接続作業が容易で信頼性が高く、また放熱体使用の素子との接続が同一水平面内でできるような厚さの補助体を用いることもできるので短絡の防止を可能とする等の作用効果を奏する(4欄6行ないし26行)。

2  原告は、審決は、引用例2にはアルミニュウムの一方のく想到することができると判断していることは、審決の理由の要点から明白である。

したがって、審決は、引用例2から、アルミニュウムに銅めっきしてアルミニュウムとそれより薄い銅の積層構造とする点のみに着目してその技術内容を引用したものであり、引用例2のカッパーライジング材がアルミニュウムの両面を銅めっきしたものか一面のみを銅めっきしたものかについて区別して認定しているものではなく、また、上記の審決の論拠からすると、その点を明確にして引用例2のカッパーライジング法の技術内容を認定する必要もないものである。

更にまた、原告の引用例2にはアルミニュウムの一面のみをめっきすることは開示されていない旨の主張も次の理由により採用できない。

成立に争いのない甲第4号証(引用例2)によれば、引用例2には「アルミニュウムの表面にハロゲン化銅を主成分とした反応薬を塗布して反応炉に装入し、加熱すると、アルミニュウム表面の酸化アルミニュウム被膜は還元除去され、さらに反応薬はアルミニュウムと反応して銅を析出し、この銅がアルミニュウム素地に浸透拡散して銅アルミニュウムの合金層ができる。カッパーライジングは、この原理を利用したものである。」(79頁右欄10行ないし16行)と記載されていることが認められる。これによれば、カッパーライジング法にあっては、反応薬を塗布した、めっきをすることを欲する部分のみめっきがされる(加熱時に反応薬が塗布しなかった面に回りこむおそれがあれば、その部分を他の部材で覆う等の処置をすれば足りる。)ものであることは明らかである。

本来、カッパーライジング法に限らず、めっきはそれを必要とする部分のみに施すことができるものであることは技術常識であり(原告も、めっきをしない面をコーティングする等の特別な工程により部分めっきができるものである旨主張している。)、引用例2がカッパーライジング法による部分めっきについて記載していないのは、それが不可能であるからではなく、反応薬の塗布を限定すること等によりそれが可能であることを当然の前提にしているからであると認められる。

したがって、引用例2のカッパーライジング法はアルミニュウムの一面のみをめっきすることは開示されていないとする原告の主張自体も何ら根拠がないものである。

以上のとおり、審決には、原告の主張するところの引用例2の技術内容の認定の誤りはなく、その認定の誤りを理由とする審決の相違点の判断の誤りをいう原告の主張は理由がない。

3  次に、原告は、審決は、本願発明は引用例1及び引用例2に記載された技術とは技術的課題を異にし、かつこれらからは予測できない顕著な作用効果を奏するにもかかわらず、それを看過して本願発明の進歩性を誤って否定した旨主張する。

本願発明が従来技術の欠点である、銅めっき面を配線導体上へはんだによって接続するときに生ずる補助体側面へのハンダの這い上がり及びはんだあるいははんだ溶融時のフラックスの飛散によるボンディング面の汚れを防止し、アルミニュウム線による接続が容易で信頼性の高い複合集積回路を提供することを技術的課題(目的)とし、その解決のために補助体をアルミニェウムあるいはアルミニュウム合金からなり、配線導体上に固定される側が該アルミニュウムあるいはアルミニュウム合金の厚さより薄い銅めっきがされているものとする構成を採用し、その結果、はんだ濡れ性の悪いアルミニュウムによってはんだの這い上がりを防ぎ、また、はんだとアルミニュウムのボンディング面とに距離を大きくとることができ、はんだあるいはあんだ溶融時に飛散するフラックスがアルミニュウムのボンディング面に付着して汚れ、アルミニュウム線のボンディング不良が生じなくなるという作用効果を奏することは前認定のとおりである。

一方、成立に争いのない甲第3号証(引用例1)によれば、引用例1記載の発明は、名称を「ワイアボンディング法及びその方法に用いる補助板」(1頁左下欄2行)とする発明であるが、その「発明の詳細な説明」の項には、「一方電流を多量に流すICのような太いワイアを使う場合、あるいは、半導体ペレットを半田を介して固定されてあるようなワイアボンディングの際配線基板を加熱しないで行う超音波ワイアボンディングの場合には、配線導体上にワイアを直接ボンディングすることはむずかしいので、表面がボンディング性のよい金属から形成された、例えば表面アルミニュウムクラッドの金属板からなる補助板を配線導体層上に取付けてその上からワイアボンディングを行っている。

しかし、補助板を介してワイアボンディングする方法は、補助板の表裏が同じようであるから、その表裏判別が難しく、ややもするとアルミニュウム面が裏面になってしまい接続不良となり同時にワイアの接続も不良となってしまう。

本発明は上記を考慮してなされたもので、その目的は補助板の表裏判別の誤りをなくし、もってワイア接続不良を防止することにある。

上記目的を達成するための本発明の要旨は、配線導体層上に補助板を取付けてその上にワイアをボンディングする方法において、上記導体層上に、表面がボンディング性のよい金属からなりその面の一部に突起部を有する補助板を取付けることを特徴とするもので(略)。

補助板6は、第2図(別紙図面2第2図参照)に示すように表面がボンディング性のよいアルミニュウム金属7、裏面が配線導体層2と接続し易いFe-Ni合金8からなり、その表面の四隅に突起部9を有している。これを配線導体層2上に半田4を介して取付けるのであるが、四隅の突起部9を目印にして補助板6の表裏を判別すれば、容易に判別でき誤ることはない。したがって、他の配線導体2上に補助板6を接続良好に確実に取付けられる。」(1頁右下欄6行ない2頁右上欄9行)、「本発明は上記実施例に限定されるものではなく、用いる補助板の形状、構造及びワイア等に種々の態様で実施できるものであり、例えば、突起部を有するCu板にメッキまたは蒸着によりA1層を設けたもの(略)にしてもよい」(2頁右下欄8行ないし13行)と記載されていることを認めることができる。

以上認定の引用例1の記載内容からすると、引用例1記載の発明は、補助板の表裏判別の誤りをなくし、もってワイア接続不良を防止することを技術的課題(目的)とするものであって、実施例において補助体を表面アルミニュウム、裏面Fe-Ni合金の積層構造ものとしたのも、このような技術的課題の解決のためであることが認められるが、そこには、補助体をはんだによって配線導体層に接続する際に生ずるはんだの這い上がり、はんだあるいははんだ溶融時のフラツクスの飛散によるボンディング面の汚れの防止という本願発明の技術的課題(目的)は何ら開示又は示唆されているものではなく、したがって、また、それについての対策は何ら示されてはいないものである。

また、前認定のとおり、引用例1には「本発明は上記実施例に限定されるものではなく、用いる補助板の形状、構造及びワイア等に種々の態様で実施できるものであり、例えば、突起部を有するCu板にメッキまたは蒸着によりA1層を設けたもの(略)にしてもよい」との記載があるが、Cu板にめっき又は蒸着によりA1層を設けたものは、Cu板が配線導体層に接続される裏面となり、めっき又は蒸着により設けられ、必然的に薄いものとなるA1層がボンディング面として表面になるものであるところ、これははんだの濡れ性が高い銅が厚いためはんだの這い上がりが起きやすいものであるが、この点については何らの考慮も払われてはいない。

一方、被告は、はんだの這い上がりは、むしろはんだの量、アルミニュウム板の絶対的な厚さに依存するものであり、銅とアルミニュウムの厚さの相対的関係によって左右されるものではない旨主張する。

一般論としては被告の主張するとおりであるが、複合集積回路の配線導体上の半導体素子チップと配線導体とをワイアボンディングするときに用いられる補助体の厚さは、半導体素子チップの厚さと同じ程度の0.5mmないし1.0mm程度の薄いものであることは技術常識であるから、限られた厚みの中ではんだの這い上がりを防ぐようにするためには、アルミニュウムと銅の絶対的な厚みではなく、それらの相対的な厚みが問題となってくるものであり、はんだ濡れ性の悪いアルミニュウムを相対的に厚く、はんだ濡れ性の高い銅を相対的に薄く形成することにより、限られた厚みの補助体においてはんだの這い上がりをより効率的に防ぐことができるものである。

また、前掲甲第4号証によれば、引用例2は、カッパーライジング法、すなわち、アルミニュウム又はアルミニュウム合金上に、ピンホールの極めて少ない銅合金層を形成する浸透メッキ法を解説した技術論文であって、本願発明のような複合集積回路において、従来銅めっき面を配線導体上へはんだによって接続するときに補助体側面へのはんだの這い上がりが生じ、またはんだあるいははんだ溶融時のフラックスの飛散によりボンディング面の汚れが生じるという問題点があり、これを解決するためにその補助体にカッパーライジング法によるメッキ法を採用すべきことについての記載も示唆も存しないことが認められる。

そうであれば、当業者が引用例1に接した場合、引用例1記載の発明には記載がなく、引用例1に示された技術的課題とは異なる前記補助体側面へのハンダの這い上がり及びはんだあるいはんだ溶融時のフラックスの飛散によるボンディング面の汚れの防止という問題点を解決すべく、引用例1記載の発明における補助体の構成を、これまた前記技術的課題については記載も示唆もない引用例2に記載された「アルミニュウム又はアルミニュウム合金に、該アルミニュウムまたはアルミニュウム合金の厚さより薄い銅めっきをしたもの」に置換することは、当業者において容易に想到し得たことではないというべきである。

そして、本願発明は、引用例1及び2記載の技術からは予測困難な技術的課題を解決するために、前記相違点に係る構成を採用したことにより、引用例1及び2記載の技術からは予測できない前記認定の顕著な作用効果を奏するものである。

したがって、本願発明は、引用例1及び2記載の技術からは当業者が容易に想到し得ないものであるのに、審決は、これを看過して、本願発明は引用例1及2記載の技術から当業者が容易に発明することができたと判断し、誤って本願発明の進歩性を否定した違法がある。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例